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ナレッジメール便【経営のヒント 409】

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◆ 経営のヒント~ドラッカーのナレッジ ◆    ◆◆◆
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◆◆◆                  ◆  ◆   ◆    第409号

今日も『傍観者の時代』第10章「マーチャント・バンクの世界」からです。
ドラッカー青年はフリードバーグ氏との初期の一件(前回メルマガ)後、
フリードバーグ氏がドラッカー青年の教育を始めたといいます。
「マーチャント・バンクは人が相手だ。人を観察しなさい。近いうちに、必ず、
観察する値打ちのある人物に会わせるからね」。

<ドラッカーの一言>
!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!
最も個別的、最も具体的なことから出発して、
一般化に達する。
!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!
『マネジメント<下>』p.238 1973年 ダイヤモンド社

こうしてフリードバーグ氏が最初に会わせてくれたのが立志伝中の人、ヘンリーおじさんでした。
彼は、フリードバーグ氏と同郷のドイツ北部で氏と同じユダヤ人居住区の肉屋の子として
生まれました。彼には双生児の弟がいました。
フリードバーグ氏の父は、彼ら兄弟が渡米する際の船賃を払ってあげたという古い関係です。

ドラッカー青年がヘンリーおじさんに出会ったのは、年一回アメリカからイギリスへ来るために
リバプールに上陸したその瞬間でした。
フリードバーグ氏にヘンリーおじさんを出迎えるように頼まれたからです。
そのときヘンリーおじさんは、80歳を超えていました。

渡米後、手押し車で商売を始めたヘンリーおじさんは、15年後、中西部の新興都市の一つで
小さなデパートを開店し、1890年にはデパートを12階に建て替えました。
ヘンリーおじさんは、どこにいっても何かないかと嗅ぎまわっていました。

ロンドン滞在中、ヘンリーおじさんはドラッカー青年が普段一人でポツンと座っている
大部屋を根城にしていました。
話は、朝から晩まで商売の話ばかり。
閉口するドラッカー。
しかしその話はいつも、具体的な話から商売についての重要な教訓を導くものばかりでした。

ときに「客が合理的でないと思ったら、外へ出て、外から、客の目で店と商品を見てみることだ。
客のほうが合理的だということが、すぐわかるはずだ」と教え、ときにはシアーズ社に先駆けて
「満足保証、代金返済」を経営方針にした話などをしました。

ドラッカー教授は、この章でヘンリーおじさんを振り返ってこう述べました。
「私が思うに、世の中には、いつまでもバッタのように個別の問題に取り組んでいる人がいる。
一般化することができずに、コンセプトを把握することができないでいる。
科学者にもいるしビジネスマンにもいる」。

さらに「ところが優れたビジネスマンは、優れた科学者や優れた芸術家と同じように、
ヘンリーおじさんと同じ頭の動きをする。最も個別的、最も具体的なことから出発して、
一般化に達する」と優れたビジネスマンの姿を言い当てました。

ドラッカー教授の十八番はコンセプト化です。
もしかしたらヘンリーおじさん直伝のものかもしれません。
ドラッカー教授はさらに付け加えました。
「今日ではわれわれは、逆の意味で再びヘンリーおじさんを必要とするにいたっている」と。

なぜなら「今日ではあまりに多くの人が、検証抜きの定量化、形式だけの純粋モデル、
仮定による論理に傾斜し、現実から遊離した抽象の追究に耽溺している」からです。
さらにプラトンの言葉を借り「論理の裏付けのない経験はおしゃべりであって、
経験の裏付けのない論理は屁理屈にすぎない」と経験と論理のバランスが
重要であることを伝えました。

実践と優れた抽象化はマネジメントの体系化の根幹をなす考え方です。
ドラッカー教授の思考にしっかりと根付き、大輪を咲かせました。
ヘンリーおじさんの貢献は、世界的にも大きいのかもしれません。

佐藤 等

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