≪版画から想う、本との出合い≫
自宅の居間に、蒼い空を背景にやや黄色がかったパルテノン神殿が浮かびあがる多色刷り版画が飾ってあります。俳優の榎木孝明さんの手によるものです。縁あって数年前にある旅行にご一緒させていただき、以後来札の折にはたびたびお声掛けいただき食事を共にさせていただいております。版画は、榎木さんの個展で求めさせていただきました。数ある作品の中からこの作品を選んだのには訳があります。
私が私淑するドラッカー博士のあるエピソードを、毎日思い起こすようにとの想いから居間に掲げています。そのエピソードをご紹介します。
18歳のドラッカー少年が、あるとき一冊の本に出合います。その本にはギリシャの彫刻家フェイディアスの話が載っていました。時代は紀元前440年頃、場所はアテネ。フェイディアスは、パルテノン神殿の本尊のアテナ・パルテノス立像を制作し、神殿装飾彫刻の制作を指揮し、西洋最高の作品と称えられるものを世に残しました。仕事が終わって報酬を請求したフェイディアスに対し、「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、請求してくるとはなにごとか」とアテネの会計官は支払いを拒みました。この言葉に対してフェイディアスが答えました。「そんなことはない、神々が見ている」と。
生涯戒めとして記憶したドラッカー博士は、こう述べます。「むしろ、神々に氣づかれたくないことをたくさんしてきた。しかし、私は、神々しか見ていなくとも、完全を求めていかなければならないということを、そのとき以来、肝に銘じている」と。この話に触れ心を打たれたドラッカー少年同様、私もこの話を大切にしています。そんな大好きな言葉を日々思い出すために、この版画を掲げています。
一冊の本との出合いで人生が変わることがあります。本の中の世界は、生き方を学ぶ機会に溢れています。感受性というアンテナが高ければ高いほど、飛び込んでくる情報の量と質が増します。環境問題をテーマに掲げた北海道洞爺湖サミットも終わり、北海道にも短い夏がやってきます。この夏、受け取る心を高め、良書に臨み、人生の指針を手に入れたいものです。
ナレッジアドバイザー 佐藤 等