新しい仕事が要求するものを考える―シニアパートナーの教訓【経営のヒント 644】
<マネジメントと人間力>連載のテーマは、次の言葉から始まりました。
「マネジメントとは、科学であるとともに同時に人間学である。客観的な体系であるとともに、信条と経験の体系である」
『マネジメント<上>』p.38
人間学で語られる言葉に次の言葉があります。
「時処位の限定」。
今、自分がいる場所や環境、立場や役割を懸命に生きるという意味の言葉です。過去でもなく、未来でもなく今を懸命に生きる際の心構えとでもいうべき言葉です。そのためには、時・処・位をそれぞれ明確に意識することが大切です。
ドラッカー教授の「どのような貢献ができるか」は、今を生ききるために重要な問いです。この問いの背景にドラッカー教授の若き頃の苦い経験があります。
投資銀行からマーチャントバンクに転職して3ヶ月、一番若い役員の補佐役として働いていたドラッカーは、創業者に部屋に呼ばれ叱責を受けます。
「君ほど仕事のできない人も珍しい。あきれるほどだ」
私は驚いた。別の役員ーは毎日のように私を褒めていたからだ。
「何かしてはいけないことをしましたか?それともしなければいけないことで何かしていないことでもありましたか?」
「君は去年、投資銀行で証券アナリストの仕事をしていたね。君はいまももっぱら証券アナリストの仕事をしているね」
「それならわが社で働く必要なない。君はわが社の共同経営者の補佐役だ。ところが君は給料に見合ったことをまったくしていない」
「今日は金曜日だ。来週の火曜日に、これからは何をやるつもりか書き出してきてほしい。補佐役としての仕事の中身だ」
週末いっぱい考え自信をもって火曜日を迎え、書き出したものを見せます。
「80点だね。20点ほど不足している」
「何か抜けているのでしょうか」
「それを考えることも君の仕事ではないかね。ドラッカーさん」
この指摘には、正直頭にきたが、自分の間違いを認めざるを得なかったといいます。
ドラッカーは、人生の教訓を得て、仕事の内容や仕事の仕方をすっかり変えました。
つまり、「新しい仕事を始めるたび、もしくは新たな役割を与えられたとき、仕事で成果をあげるには何をしなければならないか」を自問することです。
新しい任務で成功するうえで必要なことは、卓越した知識や卓越した才能ではない。それは、新しい任務が要求するもの、新しい挑戦、仕事、課題において重要なことを明らかにすること。そしてそれに集中することであること。
この教訓から、時処位の「位」を特に意識することの重要性がわかります。「どのような貢献ができるか」を自問する習慣を身につけたいものです。
佐藤 等(ドラッカー学会理事)