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伊與田先生の道徳について【経営のヒント 637】

「マネジメントとは、科学であるとともに同時に人間学である。客観的な体系であるとともに、信条と経験の体系である」
『マネジメント<上>』p.38

このドラッカー教授の言葉を巡って<マネジメントと人間力>というテーマで連載してきました。これまで社会人に必要なものとして伊與田覺先生が挙げられた<知識、技術、習慣、道徳>のうち、主に知識、技能、習慣を中心にみてきました。伊與田先生は、個人の面からは、これを知性、技能、徳性と表現しています。

さて残るは道徳(徳性)です。これに関してドラッカー教授は、次の言葉を残しています。

日本では、官界から実業界へ転身した渋沢栄一(一八四〇~一九三一)が、一八七〇年代から八〇年代にかけて、企業と国益、企業と道徳について問題を提起した。のみならず、マネジメント教育に力をいれた。プロフェッショナルの必要性を世界で最初に理解したのが渋沢だった。明治期の日本の経済的な躍進は、渋沢の経営思想と行動力によるところが大きかった。
『マネジメント』

渋沢栄一翁が『論語と算盤』(1916)を著したことはよく知られています。上記文章からドラッカー教授は、企業と道徳について目を向けていたことがわかります。両者の考えが通底していることを示す代表的な文章を並べてみます。

富を創るという一面には、常に社会的恩義あるを思い。徳義上の義務として社会に尽くすことを忘れてはならぬ。
『論語と算盤』

企業は、自らにとっての利益の追求が、自動的に社会的責任の遂行を意味するよう経営しなければならない。
『会社とは何か』(1946)

いかがでしょうか。利益と責任という観点から両者の考えは酷似しているように思えます。伊與田覺先生は、人間力の中でも道徳を社会人に必要なものと位置づけました。道徳とは、高い規範性をもった社会的ルールと言えます。

組織を社会的な道具であると位置づけたドラッカー教授の考えからすると利益も社会のものであり、それを追及する意味も、その使い方も社会的責任を帯びたものでなければならないのです。社会的責任と道徳は、同一のものではありませんが広く社会規範という意味では軌を一にしているといえます。日本の組織のマネジメントにおいては、人間学の中核にある道徳を用いることも大いに意味のあることではないでしょうか。

 

佐藤 等(ドラッカー学会理事)

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