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INTERVIEW

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「キリンビール高知支店の奇跡」をドラッカー実践事例に

2017年7月12日に開催された「夏季オープンセミナー <真の働き方改革の時代が始まる>」のセミナー講師として元キリンビール株式会社代表取締役副社長の田村 潤氏を招きました。
田村氏は2016年に発売され話題となった「キリンビール高知支店の奇跡」の著者としても有名です。
そんな田村氏が提唱する「働き方改革」とは? 田村氏の講演を受けて弊社代表の清水祥行が感じたこと・考えたことを皆様にお伝えします。
 
(花岡)「キリンビール高知支店の奇跡(以下[高知支店の奇跡]と略す」は、あっという間に20万部を突破してビジネスマンを中心に話題となっていますね。今回、札幌にお招きしての講演会はいかがでしたか?
(清水)著者である田村潤さんとは、一緒にお食事などもしたことがあったのですが、講演を聞いたのは、実は今回が始めてでした。[高知支店の奇跡]は何度も読んでいます。感じることは、ドラッカー教授のいう[マネジャーの5つの仕事]をきちんとされていると、こう変化するんだなぁということです。
もちろん時代背景などは現在と違っているのでしょうが、今は「転送課長」とやゆされるマネジャーがいます。上司から来たメールをただ部下に転送しているだけの中間管理職です。上司や本部からのメッセージを、「誰に流すか」という判断程度はあったとしても、事実上そのまま流す人。このようなマネジャーが多いと言われている背景には、ナレッジワーカーが主流になりつつある労働環境の変化があると思います。作業労働のときのような指示命令が有効でなくなったとき、マネジャーが何をして良いのかわからなくなっているのです。だからこそ今、ドラッカー教授が指摘した「マネジャーの5つの仕事」をお伝えすることが、とても重要だと思っています。

あらゆるマネジャーに共通の仕事は五つである。
①目標を設定する。
②組織する。
③動機づけとコミュニケーションを図る。
④評価測定する。
⑤人材を開発する。
マネジメント《エッセンシャル版》p.129

 

質の転換を伴う目標設定を


 
 
 
 
 
(花岡)その5つの中で特に清水さんが注目するのは?
(清水)[高知支店の奇跡]に書かれている場面で、印象的だったのは、「①目標を設定する」についてです。多くの会社で、売上額を前年対比○%などといった目標設定をされていますが、これは日本の高度成長期のなごりだと感じています。当時はGDPの伸びと同じ水準で、前年対比5%とかといった数値目標には意味があったし、意義を感じることができたはずです。しかし、昨今の低成長時代には、これは納得感が薄く、通用しなくなっていると思うのです。
(花岡)今は質の転換を目指すべき時ですからね。
(清水)[高知支店の奇跡]の中では、スーパードライの圧倒的な攻勢の中で、何をやっても数字に結びつかないとき、「どうせ数字が悪いにしても『キリンの営業はよくやっている』と言われるようにやらなかったらだめじゃないか」と目標設定をする場面があります。目標=「キリンの営業はよくやっていると認めてもらうこと。」なんです。
(花岡)なるほど、質の転換があって、しかも納得感のある目標設定ですね。
(清水)経営トップや幹部にとっては、「売上」や「利益」など会計数値の目標は、財務情報に繋がるため、自分たちの役割を果たすためにとても重要です。しかし、その会計数値の目標が、適切に「翻訳」されることなく、そのまま支店や課に分配する形で降ろされると、これはもう「量をこなせ!とにかく動け!」を示すノルマでしかありません。これまでと同じ事を、ただ激しく長く動いたからといって、必ずしも成果があがる時代でもないので、心理的な圧迫になることも多いはずです。しかも、こうした利益目標ばかりを強調すると、全社を上げて短期的・刹那的な行動を助長してしまうため、事業の存続まで危うくするとドラッカー教授は警告しています。

事業の目標として利益を強調することは、事業の存続を危うくするところまでマネジメントを誤らせる。
現代の経営(上)p.82

 

売上でなく、活動が見える指標を

(清水)質の転換という意味で、もう一点、目標設定とペアで考えたいのは、「④評価測定する」です。
(花岡)評価測定ですか?あまり聞きませんね。
(清水)[高知支店の奇跡]の頃には、普及していませんでしたが、後にKPI(Key Performance Indicator)などとして導入されているものです。簡単に言えば、仕事の過程で活動が適切に行われているかをカウントする指標です。
(花岡)そんな場面が[高知支店の奇跡]にありましたか?
(清水)「キリンの営業はよくやっている」と認めてもらうことを目標として設定しても、そのためにどんな行動を行う必要があるかを示すために、一人当たりの訪問件数を考える場面がありました。
(花岡)ここですね。[高知支店の奇跡]のP.40あたりです。「高知県内には約2,000の料飲店があり、高知支店9人の営業マンでその全部をカバーするには、実際ひとり200軒くらいの訪問数は必要だったのです」。
(清水)ええ。よくやっているといわれるには、最低月に一回は訪問する必要がある、と自分たちが考えた。だから「月に30〜50軒という訪問数」のままやっていてはだめだね、と自分たちで感じる。上司が見て、介入するのではなく、自分たちで気づいて修正する。これが意義を伴った納得感のある目標と自発的な動きのための指標設定を行う効果です。

目標管理の最大の利点は、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることである。
自己管理は強い動機づけをもたらす。適当にこなすのではなく、最善を尽くす願望を起こさせる。マネジメント《エッセンシャル版》p.140

 

仕事の適切な設計が前提 

(花岡)なるほど、設定された目標や指標にどれだけ納得感があるかが重要なのですね。
(清水)そうですね。最近は「③動機づけとコミュニケーションを図る」のテクニックばかりが強調される傾向があります。ドラッカー教授は、言葉巧みに心理的なテクニックで人を操作することを、それ以前のアメとムチ以上に悪質だと批判しています。肝心なのは目指すものへの「心からの納得感」と「責任あるコミットメント」です。それを得るための手段としてコミュニケーションや、その結果生まれる動機づけは、単なるテクニックにとどまるものではありません。
(花岡)でも、目標に対する納得感やコミットメントさえあれば、成果がでるのでしょうか?
(清水)いいポイントですね。その点では、「②組織する。」が一つの鍵です。[高知支店の奇跡]では、田村さんが「ブランドスイッチがなぜ起こるのか」といったことに強烈に感心をもち、負けている現場に足を運んで敗因分析をされていました。その探究心がすごいと感じました。仕事の分析が徹底しているように感じます。ただ頑張っても前に進まないのは、たとえればギアがローのままだったり、入っていなかったりする状況に似ています。生産的でない設計になっている仕事を熱心にやっても成果はあがりません。そこで、現場を見て仕事を分解して、その求める結果や必要な要素を再構成する。このあたりが「②組織する」そのものだと思って聞いていましたね。ここもマネジャーの腕の見せ所です。

生産性の向上こそマネジメントにとっての重要な仕事の一つである。
困難な仕事の一つである。なぜなら、生産性とは各種の要因の間のバランスを取ることだからである。
マネジメント《エッセンシャル版》p.34

 

小手先のテクニックだけでは成果があがらない

(花岡)さきほど、最近はテクニックに傾斜する傾向を感じるというお話がありましたが、その点についてもう少しお話を聞かせてください。
(清水)テクニックを学ぶことはとても重要です。ただ、短期的に成果をあげようと、付け焼刃のテクニックをたくさん身に着けても、成果があがらないというのが実情です。例えば、地域別のローカルプロモーションのお話に、興味深いエピソードがありました。
(花岡)地元の方を対象とする高知弁メッセージのプロモーションに大きな効果があったというお話ですね。
(清水)そうです。そのエピソードの後日談を講演でお聞きしたのです。この成功事例を、ほかの支店も真似してやってみたそうです。地元の方言での広告は、一時は流行にはなったそうですが、実は高知支店ほどの効果がなかったというお話でした。高知のように、泥臭い足で稼いだ活動の蓄積による信頼関係があってはじめて、マスメディアを使ったプロモーションが効果につながったのです。その活動の蓄積を省略したテクニックだけでは、やはりだめだったというお話も、仕事の設計が適切かどうかのお話です。蓄積した活動があって始めて道具(広告などのツール)やテクニックが活きてくる。だからこそ、一見地味な活動こそ、きちんと設計してやらないといけないんだなぁと、身が引き締まると共に、ちょっと感動するような勇気をいただきました。
 

自信を持てば環境が変わる

 (花岡)なるほど、いいお話ですね。他にも[高知支店の奇跡]に書かれていなかったエピソードはありましたか?
(清水)もう一点、とても印象に残ったお話があります。それは、ドラッカー教授が否定する「キャンペーン方式のマネジメント」のお話です。

最近見られるキャンペーン方式のマネジメントなどは、もっとも避けるべき悪習である。
(中略)効果はない。まちがった方向へ導く。
一つの側面だけを強調し、他の側面を犠牲にする。マネジメント《エッセンシャル版》p.140

 
(花岡)[高知支店の奇跡]の赴任当時の描写にありましたね(P.6)。「成績が悪くなるほど、本社では会議が連日続き、営業の現場へはこれをやれ、あれをやれという指示が増えていきます。そうなるとその指示をいかにこなすか、忠実に守るか、という受け身の営業スタイルに陥り、言われたことをこなすだけで精一杯となるのがよくあるパターンです。ますます自分で主体的に考えて動くことが難しくなってしまいます。組織の仕組みのなかでリーダーも営業マンもひとつの歯車として動くことがすべてになってしまうと、ますます『勝ち』からは遠ざかってしまう。」
(清水)そう、そのお話です。[高知支店の奇跡]では、キャンペーンによって操作的に人と動かすことが、効果がないだけでなく、主体性を失わせる結果に終わるという実例が生々しく書かれているので、非常に興味深い部分です。でも、これにも後日談があったのです。
(花岡)なんですか?面白そうですね。
(清水)この五月雨式のキャンペーンの連続は、スタッフが意義を感じない活動に時間やエネルギーを奪われる原因でした、初めの内は。
(花岡)変わったんですか?
(清水)変わったそうです。鍵は、いわば自己肯定感といえばいいのかな。自信を持ち始めたタイミングからです。
(花岡)「4ヶ月間の法則」のあたりですね。訪問活動のレベルを上げると、最初は大変だったけれど、しばらくすると身体が慣れてくる、というお話ですね。
(清水)そうです。自信がついてくると本社のキャンペーンは、「自分を本社が支配するもの」ではなく、「自分が使う道具」になった、と講演では話してくださいました。このことは、「自ら考え行動する」というドラッカーの説くマネジメントのあり方と共通します。

能力は、仕事の質を変えるだけでなく人間そのものを変えるがゆえに、重大な意味をもつ。
能力なくしては、優れた仕事もありえず、自信もありえず、人としての成長もありえない。非営利組織の経営 p.206

 
[高知支店の奇跡]には、ドラッカー教授のいう「人と仕事のマネジメント」の成功事例が、非常に生々しく書かれています。折にふれては読み直し、自分の会社に置き換えて考えるための良書です。ぜひ、おすすめしたい一冊です。