教育の経済学【経営のヒント 226】
しばらく続いている『ポスト資本主義社会』、第11章「教育の経済学」、今日で終わりにします。
今日の一言です。
<ドラッカーの一言>
!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!
今日当然とされるべきは、学校教育を受けるほど、
再び学校教育が必要になるとの新しい原則である。
!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!☆!
『ポスト資本主義社会』1993年 ダイヤモンド社より
ここに記されている新しい原則は、知識社会に生きる私たちに対するドラッカー博士のメッセージです。
簡単にいうと「学校へ戻れ」ということです。
知識の陳腐化のスピードが速いことは前号で記したとおりです。
新たな知識を得るためならば、学校教育に戻らなくても…と思われるかもしれません。しかし知識社会の常識は異なります。
再教育は心構えの違いに表れます。
私たちが20歳前に大学に入った動機は何だったでしょうか。
皆が行くから、親にいわれたから、社会人になりたくないから…など理由は様々です。
もちろん勉強をしたい、資格をとりたいなどの理由の方もいることと思います。
しかし、ほとんどの方が社会人経験なしに大学の勉強を始めます。
簡単にいえば吸着力のあるマグネットという装備なしに勉強をしているようなものです。
再教育とは、多くの場合、強力なマグネットを搭載しているようなものです。
回答を得たい「問い」をもっている状態と呼んでもいいともいます。
「問い」は人それぞれです。
質のいい「問い」をもっている人は、質のいい「答え」を得られる可能性が高まります。
社会人経験の有無は貴重な財産なのです。
さて松下幸之助翁の言葉に次の言葉があります。
<「苦労は買ってでもせよ」というが、不況とはその貴重な苦労が買わずとも目の前にあるときである。
不況のときには出来ない 人材育成の絶好の機会としたい>。
氏の「不況の心得10か条」の一つです。
人材育成という言葉は、企業が従業員に施すという印象が強い言葉ですが、人材育成の本質は、自己開発、つまり自分で自分を磨くことです。
企業ができることは、環境づくりです。
馬を水のみ場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできません。
確かに好況のときは、仕事に追われ残業、残業の連続で自分磨きの時間を確保しずらいという事情があります。
その点不況は…比較的時間を確保しやすい環境だということを幸之助翁は強調し、自分磨きの大チャンスだとしたのです。
昨今の経済環境に一喜一憂するよりもじっくり腰を据えて自分に向かい合い、来るべき機会に備える。そんな季節が今なのかもしれません。
学校に戻るとまではいかなくとも日頃チャレンジできない著書、例えばドラッカー博士の著書などに挑戦し、自らをステージアップさせることはできるはずです。
今月から私がコーディネータを務める<読書会>がナレッジプラザの主催となりました。
ほんの少しの時間を自分磨きに使い、本物の経営者にふさわしい知識を得る機会としていただけることを願っております。
佐藤 等